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07月17日 |
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須藤 元気 |
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名 前 |
須藤 元気 |
出身地 |
東京都 |
生年月日 |
1978年3月8日 |
血液型 |
B型 |
趣 味 |
読書、温泉、利き酒 |
特 技 |
シンクロニシティ |
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元総合格闘家。現在はミュージシャン、タレント、作家のほか、世界学生レスリング日本代表監督、拓殖大学レスリング部監督も務める。「元気」という名前は、父親が好きだった小山ゆうのボクシング漫画「がんばれ元気」に由来。父子鷹の物語に感動し、格闘家を目指すきっかけにつながった。
レスリング(グレコローマンスタイル)を始めたのは、関東第一高等学校時代。1996年に拓殖短期大学に進学すると、全日本ジュニアオリンピック優勝を果たし、世界ジュニア選手権に出場した。
大学卒業後に渡米し、アメリカの格闘技大会に出場して経験を積み、99年8月の帰国後はパンクラスを主戦場として活躍。入場時、エキストラを用いた本格的なパフォーマンスを披露、様々な演出表現を伴ってリングに上がることで「変幻自在のトリックスター」とも呼ばれた。
満を持してのK-1 WORLD MAXでのデビュー戦は、2002年2月11日の日本代表決定トーナメント。総合格闘技での戦績は、16勝4敗2引き分け。学生時代にバンド活動やソロでライブを行っており、本人曰く格闘家にならなかったら歌手を目指したという。2006年にCDデビューし、格闘家を引退。2009年にはダンスパフォーマンスユニット「WORLD ORDER」を結成、楽曲制作やボーカルも務めている。
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2012 |
全日本大学グレコローマン選手権にて拓大を優勝に導き7回目の最優秀監督賞を受賞 |
2008 |
拓殖大学レスリング部監督に就任 |
2006 |
K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!にて、ジャクソン・ページと対戦、1R 3分5秒三角絞めで一本勝ちを収めた後にリング上で突然の引退宣言 |
2006 |
「Love&Everything」で歌手デビュー |
2003 |
K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!にて、体重差110kgのバタービーンに2Rで一本勝ち |
2002 |
『凶気の桜』で映画俳優デビュー |
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元格闘家で、ミュージシャン、タレント、作家、拓大レスリング部監督と、活動の幅は実に幅広い。入場時にパフォーマンスを見せる格闘家やプロレスラーはよく見かけるが、この人のパフォーマンスは一味も二味も違った。ユニット「WORLD ORDER」が結成された時は、なるほどと思ったものだ。
あまりにも多彩な肩書きから「須藤元気っていったい何者?」と揶揄する声も聞かれるが、そのつかみどころないユニークな活動がまた魅力になっているのだろう。本人曰く「人と接することはあまり得意ではない」そうだが、あのロボットのようなWORLD ORDERでのパフォーマンスを見ていると、なんとなく納得できてしまうのが妙におもしろい。
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◎ 須藤 元気への道
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やはり、原点は格闘技にあるようだ。父親ゆずりのファイティングスピリットを少年のころから燃やし続け、レスリングを皮切りについに総合格闘技への世界に飛び込んだのは必然だった。総合格闘技の選手の中には柔道やボクシング、相撲者などの出身もおり、決して珍しいケースではないが、この人が違ったのは格闘技と同じぐらいタレントや作家として才能にも恵まれていた点だ。
本当は軍人になりたかったという。本人によると催眠療法により前世が軍人だったビジョンを見たこともあるというが、何にでも熱く打ち込むストイックさは仮に軍人になっていたとしても、存分にいかされていたことだろう。
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